「2年前から、単価が変わっていません」。副業で業務委託の仕事を受けている方から、こんな話をよく聞きます。材料費も作業時間も増えているのに、値上げは言い出しにくい。その状況を変えるための法律が、実はもう動き始めています。
2026年1月1日、これまでの下請法が「中小受託取引適正化法」、略して「取適法」という新しい名前に生まれ変わりました(公正取引委員会「中小受託取引適正化法(取適法)関係」 https://www.jftc.go.jp/partnership_package/toritekihou.html )。施行から7ヶ月以上が過ぎましたが、副業で仕事を受ける側に、この変化はまだ十分に届いていないように見えます。名前が変わっただけの話ではありません。守られる範囲が、大きく広がっています。
まず、呼び方が変わりました。これまでの「親事業者」「下請事業者」は、それぞれ「委託事業者」「中小受託事業者」へ。「下請」という言葉が持つ上下の響きをなくし、対等な取引を目指すという意思表示です。細かいことのようですが、日々の取引の空気は、こうした言葉から変わっていくものです。
実務でもっとも効くのが、保護される範囲の拡大です。これまでの下請法は、発注する側の資本金の額で線を引いていました。個人で仕事を受けること自体は以前から対象でしたが、発注する側の資本金が小さい場合や、発注者が個人である場合には、法律の網から外れていたのです。取適法では、資本金の基準に加えて従業員数の基準が設けられ、この「保護のすき間」が埋められました。副業として個人で仕事を受けている会社員も、対象に含まれる場面が増えています。
そして、値上げの話に直結するのが、価格交渉についての新しいルールです。受ける側から価格の協議を求められたのに、それに応じないまま一方的に代金を決めることは、違反にあたります。しかも、はっきり断ることだけが問題なのではありません。交渉の求めを無視することも、何度も先延ばしにすることも、同じく違反です。つまり「言っても無駄だから」と諦める理由は、法律の上ではもうありません。ほかにも、手形での支払いが禁止されるなど、受ける側の資金繰りを守る仕組みが加わりました。
では、実際にどう切り出せばよいのでしょうか。切り出し方は1行で足ります。「材料費と作業時間が当初より増えているため、単価の見直しについて一度ご相談させていただけますか」。これで十分です。大切なのは、感情ではなく事実を並べることです。作業時間が何時間増えたか、仕入れ値が何%上がったか。数字を添えれば、相手も社内で説明しやすくなります。なお、法律が求めているのは「値上げに応じること」ではなく「誠実に協議すること」です。必ず通るわけではありませんが、話し合いのテーブルにつくことは、もう相手の義務になっています。
対象になるのは、製造の委託や、記事・デザイン・プログラムといった情報成果物の作成委託、そして役務の提供委託などです。会社から記事を書く仕事を請ける、デザインを請ける、システムの一部を請ける。副業でよくある形の多くが、ここに含まれます。一方で、この法律が守るのは「事業者どうしの取引」です。一般の消費者から直接依頼を受ける仕事には適用されません。また、フリーランス新法との関係では、どちらにも当てはまる場合、原則としてフリーランス新法が優先して適用されます(政府広報オンライン「2026年1月から下請法が『取適法』に!」 https://www.gov-online.go.jp/article/202511/entry-9983.html )。
施行から7ヶ月以上。制度は、もう手の届くところにあります。あとは、さきほどの「一行」を、自分の言葉に直しておくだけです。言い出す場面を思い浮かべ、相手の顔を思い出し、口に出せる形にしておく。法律は、黙っている人を自動的に助けてはくれません。ですが、声を上げた人の背中を押す仕組みは、すでに整っています。